水素で肺を膨らませて保存すると移植後の肺傷害が大幅に軽減
結論
移植用に取り出したラットの肺を、水素を含むガスで膨らませた状態で冷蔵保存した結果、移植後の肺機能が大幅に改善した。酸素のみで保存した場合よりも、水素を加えた方が優れた結果だった。
この保護効果の背景には、炎症や活性酸素の抑制がある。加えて、パイロトーシス(炎症を伴う細胞死の一種)の抑制も確認された。
研究の背景と目的
肺移植では、摘出した肺を冷たい保存液で保管し、移植を受ける患者に移植する。この過程で虚血再灌流傷害(血流が途絶えたあと再開するときに生じるダメージ)が起こりやすい。保存中に肺をガスで膨らませておくと傷害が軽減されることは知られていたが、最適なガス組成は確立されていなかった。
水素には抗炎症・抗酸化作用があり、他の臓器移植でも保護効果が報告されている。一方、パイロトーシスは肺移植後の傷害に関与する細胞死として注目されていたが、水素による抑制効果は未検討であった。本研究では、冷虚血保存中に3%水素で肺を膨張させることで、パイロトーシスを含む傷害がどの程度軽減されるかを検証した。
研究方法
ラット56匹を4群に分け、摘出した肺を4℃で2時間冷保存した後に左肺移植を行い、移植後2時間の時点で評価した。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | ラット56匹 (ドナー24匹+移植先24匹+偽手術8匹) |
| 偽手術群(n=8) | 開胸のみ、肺移植なし |
| 対照群(n=8) | ドナー肺を虚脱(しぼんだ)まま冷保存 |
| 酸素群(n=8) | 40% O₂+60% N₂で膨張させて冷保存 |
| 水素群(n=8) | 3% H₂+40% O₂+57% N₂で膨張させて冷保存 |
| 保存条件 | 4℃で2時間、20分ごとにガスを入替 |
| 研究デザイン | 動物実験(ランダム化比較) |
主な評価項目は以下のとおり。
- 酸素化能力(肺静脈血の酸素分圧から、肺がどれだけ効率よく酸素を取り込めるかを評価)
- 肺の柔軟性(気道の圧力と肺の容積の関係から、肺の膨らみやすさを評価)
- 炎症・酸化ストレス指標(肺のむくみ、白血球の活性度、炎症性サイトカイン、活性酸素量、抗酸化酵素の活性など)
- パイロトーシス関連タンパク質(炎症性の細胞死に関わる3種類のタンパク質の量を測定。各群 n=3)
研究の主な結果
本研究の結果から、以下の3点を取り上げる。
- ① 肺の酸素化能力と柔軟性が大幅に改善した
- ② 炎症と酸化ストレスが抑えられた
- ③ 炎症性の細胞死(パイロトーシス)が抑制された
① 肺の酸素化能力と柔軟性が改善した
移植後2時間時点での肺の酸素化能力と柔軟性を群間で比較した。
| 指標 | 対照群 | 酸素群 | 水素群 |
|---|---|---|---|
| 酸素化能力 (mmHg) | 299 ± 41 | 348 ± 26 | 395 ± 32 |
| 肺の柔軟性 (ml/kg) | 11.80 ± 0.26 | 14.50 ± 0.53 | 17.40 ± 0.26 |
対照群では酸素化能力(酸素を取り込む効率)が正常の約67%まで低下していたのに対し、水素群では約86%まで回復した。酸素群(約78%)との比較でも水素群が有意に優れていた(P < 0.05)。
肺の柔軟性についても、水素群は対照群の約1.5倍の値を示し、酸素群よりも有意に高かった。つまり、保存中に水素を加えたガスで肺を膨らませておくだけで、移植後の「酸素を取り込む力」と「膨らみやすさ」の両方が大きく改善された。
② 炎症と酸化ストレスが抑えられた
移植後の肺組織および血清中の炎症・酸化ストレス指標を群間で比較した。
| 指標 | 対照群 | 酸素群 | 水素群 |
|---|---|---|---|
| 肺のむくみ | 6.8 ± 1.1 | 5.7 ± 0.8 | 4.9 ± 0.6 |
| 炎症性サイトカイン | 219 ± 51 | 151 ± 37 | 90 ± 26 |
| 活性酸素量 | 43.2 ± 7.2 | 34.1 ± 4.4 | 24.1 ± 2.5 |
| 抗酸化力 | 82 ± 26 | 129 ± 43 | 167 ± 34 |
水素群では、すべての指標で酸素群より良い結果が得られた(P < 0.05)。炎症性サイトカインは対照群の約4割の水準にまで低下し、活性酸素量もおよそ半分に抑えられた。抗酸化力は対照群の約2倍に保たれ、正常値に近い水準であった。
言い換えれば、水素は「攻撃側(活性酸素・炎症)を減らし、防御側(抗酸化力)を維持する」という両面から移植肺を保護していたと考えられる。
実際の肺組織を顕微鏡で観察した結果も、上記の数値と一致していた。

③ 炎症性の細胞死(パイロトーシス)が抑制された
パイロトーシスは、NLRP3インフラマソーム(細胞内の危険信号を感知する複合体)が活性化し、最終的に細胞膜に穴を開けて細胞を壊す形の細胞死である。本研究ではこの経路に関わる3つのタンパク質の発現量を測定した。
| タンパク質(役割) | 対照群 | 酸素群 | 水素群 |
|---|---|---|---|
| NLRP3 (危険信号の感知) | 2.5 ± 0.8 | 2.4 ± 0.7 | 1.3 ± 0.3 |
| カスパーゼ-1 p20 (炎症の実行) | 約1.8 | 約1.4 | 約1.0 |
| GSDMD-N (細胞膜の穿孔) | 約1.8 | 約1.6 | 約1.2 |
対照群では3つのタンパク質がいずれも正常の約1.8〜2.5倍に増加していた。酸素群では部分的な改善にとどまったのに対し、水素群ではいずれも正常に近い水準まで大きく低下した(P < 0.05)。
酸素だけでは炎症性細胞死の経路を十分に抑えられなかった。水素を加えると、危険信号の感知から細胞膜の破壊に至るまで、パイロトーシスの全段階が効果的に抑制されていた。電子顕微鏡による観察でも、水素群の肺の細胞は正常に近い形態を保っていた。
考察と今後の課題
本研究の新規性は、水素の肺保護メカニズムにパイロトーシスの抑制を加えた点にある。活性酸素はNLRP3インフラマソームの主な活性化因子である。水素が活性酸素を減らし、パイロトーシスの引き金を断ち切っていると推測される。
ただし、移植後の観察時間が2時間と短く、長期的な効果は不明である。3%水素以外の濃度は検討されておらず、最適な水素濃度の確立は今後の課題となる。パイロトーシスの経路もNLRP3の古典的経路以外が関与する可能性があり、ヒトへの臨床応用に向けてさらなる検証が求められる。
水素健康活用研究所編集部の感想
本研究は、肺移植における水素の保護効果に「パイロトーシスの抑制」という新しいメカニズムを加えた点に意義があります。従来の研究では抗炎症・抗酸化作用が中心でしたが、細胞死の仕組みにまで踏み込んだことで、水素がなぜ肺を守れるのかの理解が一歩進みました。
肺移植の分野では、水素の保護効果に関するレビュー論文もまとめられています。肺だけでなく、心臓や腎臓を含む臓器移植や虚血再灌流傷害に対しても研究が積み重なっています。本研究はこうした流れのなかで、パイロトーシスという具体的な標的を示した基礎研究として位置づけられます。
用語解説
| 用語 | 解説 |
|---|---|
| 虚血再灌流傷害 | 血流が途絶えた組織に再び血液が流れ始めるときに起こるダメージ。再開した血流が大量の活性酸素を生み出し、組織を傷つける |
| パイロトーシス | 炎症を伴う細胞死の一種。細胞膜に穴が開いて内容物が漏れ出し、周囲に強い炎症を引き起こす |
| NLRP3インフラマソーム | 細胞内で危険信号(感染や組織損傷)を感知する複合体。活性化するとパイロトーシスの引き金を引く |
| 冷虚血保存 | 臓器移植の際に、摘出した臓器を低温(4℃前後)で保存する方法。血流のない状態での臓器劣化を遅らせる |
| 活性酸素(ROS) | 体内で発生する反応性の高い酸素分子。少量は免疫防御に役立つが、過剰になると細胞や組織を傷つける |
| SOD(スーパーオキシドジスムターゼ) | 活性酸素を無害な物質に分解する抗酸化酵素。数値が高いほど体の防御力が保たれていることを示す |
| 炎症性サイトカイン | 免疫細胞が産生するタンパク質で、炎症反応を促進する。IL-1βやIL-18が代表的 |
| GSDMD-N | ガスダーミンDが切断されて生じるタンパク質断片。細胞膜に穴を開け、パイロトーシスを実行する |
論文情報
論文タイトル
Lung Inflation With Hydrogen During the Cold Ischemia Phase Alleviates Lung Ischemia-Reperfusion Injury by Inhibiting Pyroptosis in Rats(冷虚血期における水素による肺膨張はパイロトーシスの抑制を介してラットの肺虚血再灌流傷害を軽減する)
引用元
水素吸入に関する研究論文・疾患別考察・基礎知識をまとめる編集チーム。特定メーカーに属さない中立的な立場で、医師監修・ファクトチェック体制のもと、エビデンスに基づく情報を発信しています。
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